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「いやー女子野球もいよいよ世界大会まできましたかー。嬉しいですねぇ」

球場内の応接室で中西は出されたコーヒーを飲みながらにこにこと笑っていた

「私も嬉しかったよ。それだけ女子野球の人口と注目度が高まってきてるってことだからね」

向かいに座る野本もにこにこしながら話す

「それに、まさか監督が麻里子様だったとはねー」

中西は首を左に向け、にこにこと笑う

「・・・」

そんな中西の顔を見ないように

目をつぶりながらコーヒーを啜っている彼女は

篠田麻里子

元帝都女子高校野球部監督だ

中西とは同い年で高校時代は女子野球東京代表をかけて勝負したこともある


「あー出た。麻里子様のツンデレー。あ、クーデレ?」

中西はニヤッと笑い、肘で篠田をつつく

「ちょっ!なんだ、そのクーデレってのは。それに、様付けもいい加減やめろ」

篠田は中西につつかれ、コーヒーがこぼれそうになるのを阻止しながら言う

「えー。クールに見えて、実はデレデレってのをクーデレって言うんだよー。もう様付けがあだ名みたいなもんだからいいじゃん」

「はぁ・・・あのな。そんなくだらん話しするんだったら、さっさと病院戻れ。このヤブ医者」

「あーなにそれ。これでも、名医で通ってんだからねー」

「うるさい。野本会長、私はこれで失礼します。また、ホテルでお会いしましょう」

そう言うと、篠田はスッと立ち上がり

一礼すると部屋から出て行った

「ちょっ!待ってよ麻里子様!野本会長、コーヒーごちそうさまでした!」

中西は慌てて篠田の後を追う


バタン・・・!


「ははっ。相変わらずだな。あの2人は・・・」

野本はそう呟いて、クスッと笑った


―――――

「まーりーこーさーまー」

球場から外に出る真っ直ぐの通路に

中西の声がこだまする

「だから、様付けやめろって!響いてるだろ!」

篠田が振り返り、また声が勢いよく反響する

「麻里子様の声だって響いてますけどー」

「・・・」

篠田はプイッとそっぽを向いて外に向かって歩きだした

中西はにこにことその横を歩く

「まさか教師やめちゃうとはねー。驚いたなー。麻里子様意外と教師似合ってたのに」

「意外とはなんだ。意外とは。言わせてもらうが、中西が医者をやってる方が未だに信じられん」

「あーひどいなぁ。一応真面目に人助けしてるんだよ」

「・・・」

篠田は黙って歩き続ける

球場の外には桜並木があり

先ほどまで応援をしに来ていた観客たちが桜を見上げたり

レジャーシートを広げ、お花見をしたりしていた

「・・・」

篠田は立ち止まり

そんな人たちを見つめる

「嬉しいよね」

中西がぽつりと漏らした

「・・・」

篠田は中西の方を向く

「前田選手や珠理奈のユニホームを着た小さい子たちがいて、みんな応援に来てくれて・・・。女子のプロ野球だよ。昔じゃ考えられかった・・・」

「中西・・・」

「でも、桜の下に居るの見たら夢見てるみたいだけどねー」

そう言って、中西は苦笑いをした

「・・・夢じゃない」

篠田は桜の下に居る人々を見ながら呟く

「え?」

「夢じゃない。女子野球はこれからもっともっと注目される・・・だって・・・」

篠田は中西の方に視線を移し

「世界大会、優勝するからな」

フッと笑った

「麻里子様・・・」

「じゃあな。中西、そろそろ病院戻らないとヤバいんじゃないのか?」

「あははー・・・そうかも」

「あんまりサボってるとクビにさせられるぞ」

「大丈夫だよ。麻里子様みたいになんないから」

「私は自主退職だ」

「えー生徒に手を出したとかじゃなくて?」

「お前と一緒にするな。正式に監督に就任したんだ。まっとうな理由だ」

「あーひどーい。私にだって18歳以下の患者には手を出さないってポリシーはあるんだよー。まぁ上は何歳でもいいけどー」

「ストライクゾーン広すぎだろ」

「あははー。愛に年齢も性別も関係ないから」

「・・・ったく。じゃあな」

篠田はため息をつき、桜並木とは反対に伸びる道を歩き出す

「・・・麻里子様!」

「今度はなんだ?」

中西がまた呼びとめたので、篠田は怪訝そうに振り向く

「監督、給料安いよ」

「・・・あぁ」

「公務員みたいに決まった休みないしさー」

「あぁ・・・そうだな」

「・・・ホントに、よかったの?」

「・・・」

サァァァァァッ・・・

強い風が吹き

篠田と中西の間に

桜吹雪が舞う

「・・・いいんだよ」

篠田はぽつりと漏らす

「もともと、3年前から野本会長に誘われてたんだ。でも、帝都女子の監督がなかなか見つからなくてな。それに、前田達が秋葉女学院に敗れて悔しい思いをしてたのを下級生が見てたから、あと2年間は教員として監督を続けて、あいつらを全国に連れて行こうって思ってやってたんだ。まぁその次の年も秋葉女学院に敗れて去年の夏に返り咲きっていう結果だから1勝1敗ってとこだな」

「そっか・・・」

「ま、そんな事言っても結局は・・・ただの野球バカなんだよ私は」

そういって、篠田はフッと微笑んだ

「・・・麻里子様」

「試してみたいんだ。もう選手は無理だけど・・・監督として、自分がどこまで通用するのかを・・・プロの世界でな」

「・・・」

中西は何も言わずに微笑む

「じゃあな、もう呼び止めても振り向かないからな。あ・・・」

篠田はゴソゴソとポケットから何かを取り出し

「記念すべき1枚目だ。大事にしろよ」

そう言って、照れくさそうに中西に1枚の紙を手渡し、去っていった

「やっぱり、クーデレだなぁ。麻里子様は・・・」

そう呟きながら、中西は篠田の背中を見つめていた

手には

『女子野球日本代表 監督 篠田麻里子』

と、書かれた名刺が握られていた